梅雨葵 2

 季節はいつの間にか一周し、また梅雨の時期がやってきていた。


 僕は、どちらかといえば雨が好きだった。雨が降ると、体育の時間に外でサッカーをしなくて済むからだ。
 そうなると体育館でドッジボールをするのだが、あれはボールを避けるだけなので、体育が苦手な僕にとってもまだマシなほうだった。


 でも、くもりは嫌いだ。その日は降るかどうか微妙な天気で、結局体育の時間には雨が降らず、嫌な気持ちになりながらグラウンドでサッカーをすることになった。


 そのくせ、いざ帰り出すとこうして降り出す。
 てるてる坊主を逆さまに吊るしてやろうか、なんてことを考えながら傘をさし一人帰り道を歩いていると、どこかで聞いた覚えのある音が聞こえてきた。


 僕は一年前見た、あの女の人の幽霊のことをすっかり忘れていて、つい、また公園の近くを帰り道にしてしまっていた。
 また、あのギターの音と小さな歌声が雨音に混じって耳に入ってくる。


(どうしよう、早く帰りたいのに……)


 今から公園を迂回したのでは、かなり遠回りになってしまう。仕方なく、恐る恐る公園の横を通る。
 例の音が、もうはっきり聞こえる位置まで近づいている。そんなことしなければいいのに、怖いもの見たさで、公園の方を覗いてしまう。


 一年前と同じように、ベンチでギターを弾いている女の人がいた。
 やはり、傘をささずに一人で弾いている。少し近づいてよく見る。やはり、ベンチは濡れている。雨は、彼女をすり抜けているのだ。


「あ! 君は――」


 しまった、見つかった!
 僕は弾き出されたように道路の方を振り返り走り出そうとするが、ぬかるみに足をとられ転びかけてしまう。


「ねぇ、待って!」


 立ち上がった女の人は思った以上の速さで僕の手を掴んだ。小学生の腕では振りほどけない。
 なぜかはわからないが、とにかくごめんなさいを繰り返した。唯一の抵抗がそれだった。とりあえず、食べないでくださいとも言った。


「大丈夫、君を食べたりしないよ」


 優しい口調で言うが、僕の心臓は飛び跳ねたままだった。


「お姉さん、幽霊なの?」
「んー。私もよくわからないんだけど、そうらしいよ」


 女の人は他人事のように言った。


「君、名前は?」


 知らない人に名前を聞かれても教えちゃいけない。幽霊を目の前にしているのに、僕は、そんなことばかり冷静に考えていた。


「あ、先に私が名乗ろうか。私はあまね、あおい。雨の音に、向日葵の字の葵で、雨音葵。て、君の年だと向日葵の字を知らないかな?」


 指摘通り、ヒマワリの字は知らなかった。だが、先に名乗られ少し安心してしまったのか、僕も名前を明かしてしまう。


「――仰日大志」


 自分の名前が嫌いだった。僕は名乗るたびに、名前負けしてるように思う。


「おおひ、たいし……どういう字を書くの?」
「仰げば尊しの仰に、日陰の日。大きな志で仰日大志」


 聞いて、彼女は微笑んだ。人を落ち着かせる、穏やかな笑顔だった。


「大きな志で、大志か……。カッコイイ名前だね」


 それが、僕と雨音の出会いだった。


***