梅雨葵の咲く空の下で


 教科書の詰まったランドセルを背負い、一人傘をさし帰る通学路。どこまでも、どこに行っても雨の音だけが街に降り注いでいるはずだったが、その中に微かに別の音が混じっていた。
 雨粒の雑音に紛れて、小さなメロディが聞こえる。


(歌と……、ギターの音?)


 父がたまに休日に鳴らしては、母に怒られているその楽器の音によく似ていた。僕は奏でられているその悲しいようなギターの音色と歌声に誘われて歩く。


 音は、公園から発せられているようだ。その公園は小さな空き地のようなもので、遊具らしい遊具はない。
 人が休めるようにとベンチが置いてあり、後は隅の方にちょうど雨よけになりそうな大きな木が生えているだけだ。
 それ以外に挙げるとしたら、大人でも見上げるような薄ピンク色の巨大な花が咲いていることだろうか。


 吸い寄せられるように、僕は公園に入る。ベンチで、傘もささず、背が高くて髪の長い女の人が座りながらギターを弾いていた。
 儚げで消えてしまいそうな、ガラスのような美しさをまといながらそこにいた。
 その音色になのか、その美貌になのか、ただただ僕は魅入っていた。だが、何か、何かはわからない違和感がある。違和感の正体を探るため、ゆっくり近づく。


(あっ――!)


 違和感の理由に気づくと同時に、彼女も僕の存在に気がついたのか、演奏をやめてこちらを振り向く。
 目が合ってしまう前に、僕は走って逃げ出した。




 彼女は雨の下でギターを弾いていた。それなのに、長い髪も服も全く濡れていない。
 この世のものではない。直感的にそう感じた。


 それからしばらく、僕はあの公園に近づかなかった。


***