極刑モニター


 頭が痛い。私は頭蓋骨をねぶるような鈍痛で目を覚ました。いつも深い眠りにいざなってくれる50,000ドルの高級ベッドの上ではなく、安いビジネスホテルにあるような硬い寝床でだ。


「やぁ、ミスター・インサイズ。お目覚めの気分はいかがかな?」


 その声は頭上から降ってきた。上を見る。天井のスピーカーから発生しているようだ。辺りを見る。白く塗られた壁、窓のない部屋、入り口は鉄格子。どうもここは独房に相似したものらしい。


 私は立ち上がり、ワイシャツにこびりついてしまった皺に辟易しながら返事をした。


「私を弁護士だと知ってやっているのか? 君がやっていることは逮捕・監禁罪に該当する。今すぐ私を解放しろ」


 声の主は、大層愉しそうに笑う。不愉快な笑い方に、私の苛立ちは煮立っていく。


「ははははは。悪い。今まで多くの人間を不幸にしてきた君がその、今さら監禁がどうのこうのと言うと面白くてな。イカしたジョークだ」


 そう言って、スピーカーは二度笑う。
 仕事柄、誰がどう見ても罪を犯している人間を何人も無罪にしてきた。奴はきっと、そのことを、その報いを受けていることを笑っているのだ。


「異常者め。私が無罪にしてきた "善良な一般市民" に家族を殺された人間か? 何が目的だ?」
「ははは。別に俺はあんたに恨み辛みがあるわけじゃあない。何、ちょっとテストに付き合ってもらうだけさ」


 直後、白い天井の一部が割れ、鉄格子とは反対の壁に大きなディスプレイが下りてきた。電源が投入される音とともに、一面真っ青な映像が立ち上がる。


「あんたも弁護士なら、少しは聞いたことがあるんじゃないか? "極刑モニター" の話をよ」


 極刑モニター。都市伝説のようなものだが聞いたことがある。極刑、つまり死刑が確定した判決に対して、一般人を秘密裏に捕まえてはその判決が妥当かどうかを判断させるというものだ。


 もう刑は確定しているのだから一般人が妥当だなんだといっても判決は変わらないのだが、刑が執行される前に、司法と民意の乖離がどれだけあるかを量るため "モニター" しているのだという。


「まさか、本当に国がこんなことをやっているなんてな」
「驚いたかい? まぁ拘束しているのは悪いと思うが、それなりの謝礼は出るし、ここでの記憶は消される。あと腐れのないちょっとした小遣い稼ぎだと思って一仕事していってくれよ弁護士さん」


 反駁の声を挙げようとするも、早速ディスプレイに何かが映ってしまった。


「これは……?」


 ディスプレイに映し出されたのは一人の男の写真。ひげ面で右手の甲に入れ墨を入れた、如何にも犯罪者という風な質の悪い相貌だ。どこかで見たことがあるような気もするが、よく思いだせない。


「その顔に既視感があるか? ま、逮捕の時に堂々と報道されてたからな」
「――思い出せないな。この悪人面の男は、死刑囚なのか?」
「そうだ。数え切れないほどの暴行、傷害、監禁事件に未遂を含む五件の強盗殺人、十六人の無差別殺人と役満札付きフルテンの死刑囚だ」


 十六人の無差別殺人に、数々の余罪――。もしかして。


「 "人間挽肉事件" の犯人か?」
「その通り。さすが、弁護士殿。挽肉卿、あるいはサーミンチで有名な無差別連続殺人事件の犯人だ」


 思い出した。史上最恐最悪と言われた事件の犯人、確か精肉屋の男だ。
 事件の通称が表す通り、無差別に人を拉致して拘束し、死なないように生かしながら少しずつ、足の先、手の先から挽肉にしてハンバーグを作って、それを "本人" に無理やり食べさせていたという身の毛もよだつおぞましい事件だったと記憶している。


「……」
「顔色が悪そうだが、どうした? 弁護士先生でもさすがにこの事件は堪えるかい?」


 なぜだか、頭が、胸が痛む。のどが渇いて、唇が渇く。


「いや、大丈夫。しかし、この事件は速やかに審議が終わって、迅速に極刑が決まったはずだ。証拠は無数に挙がっている。誰がどう考えても、判決に誤りはないだろう。こんなものをモニターする必要なんてない」
「俺に言わないでくれ。これも仕事なんだよ。これから流す映像を見て、最後に君なりの判決を出すだけでいい」


 ディスプレイから醜い男の顔が消え、入れ替わりにどこかの家の風景が映し出された。


「この男、"加工中" の様子を撮るのにご執心だったらしくてな。皆殺しにされた、とある一家の映像の一部だ」


 カメラが動き、被写体に焦点が合わせられる。そこに映るものに、私は絶句した。


「なぜ――、どうして――、私の家族が映っている!?」
「なに、家族だと?」


 ディスプレイとカメラを通したその向こうで、私の妻が、娘が、息子が縄で拘束されていた。そこに、顔写真の男が現れる。特徴的な墨が彫られた右手に、大きな肉切り包丁を持って。思い出した、この頭と胸の痛みの原因は!


「おい、やめろ……! やめてくれ……!!」


 妻が、子供たちが絶叫している。それを見て嘲嗤う犯人。一番小さな娘の元へ立ち、小さな手を握って、大きな包丁を振り上げ、そして――。


「やめろぉぉぉおおおおおおおおおお!!!」






 映像はそこで途切れた。この部屋に残されたのは、私の嗚咽だけだった。






「――すまない。あんた、この事件の遺族だったのか」
「俺は、どうして忘れていたんだ……?」


 私は、なぜ、あの史上最悪の事件を、史上最悪な事件に巻き込まれた家族のことを忘れていたのだろう。忘れられるはずもないのに。


「このモニターを受けるにあたって、被害者にかかわる記憶は意図的に消去される。私情を挟まずに判決を下せるようにな。本来はモニター中に記憶が戻ることも、直接の遺族が極刑モニターに選ばれることもないはずなんだが……」


 スピーカーの男は打って変わって、申し訳なさそうな声をしていたが、もう私にとってそんなことはどうでもいいことだった。


「――――せ」
「え、なんだって?」
「今すぐそいつを殺せ!! 死刑だ、極刑だ! 頼む、今すぐ俺に殺させろ!!!」
「……そうか、一応聞くが、判決の理由は?」
「あいつは私の家族を、史上類を見ない最も残酷な方法で殺した!! 身勝手な理由で! 生かしておく価値など、微塵もないない!」


 スピーカーに向けて慟哭すると、背後で鉄格子が開いた。同時に、指示も出る。


「……その部屋を出て、まっすぐ進むんだ」
「あいつはまだ生きてるんだろう!? 俺に殺さ――」
「そうだ。だから進むんだ」


 まさか。


「まっすぐ進んで、突き当りを右に曲がった一番奥の部屋に、あいつは拘束されている」


 走る。怒りに足をもつれさせながら、狂った犬のように意味のない叫びを上げながら。
 スピーカーの指示通りに、突き当りを右に進み、最も奥にある部屋のドアを乱暴に開け放った。


「――――!!」


 私の家族を、人生を奪った外道が、拘束具に捕らわれていた。頭には何かの装置が着いていて顔はわからないが、体格や、右手の甲の入れ墨を見れば奴だと分かる。この手で殺してやりたい化け物が、目の前に、確かにいる。


「インサイズさん、あんたが気の毒でな」


 急に声をかけられ後ろを振り返ると、看守のような恰好をした知らない男が立っていた。


「あんた、スピーカーの?」
「そうだ。本当はモニターの被験者を直接死刑囚に合わせるのは禁じられているんだが、俺も情が移っちまってな」


 言って、看守風の男は腰に下がっていた拳銃を私の手に渡してきた。


「これは?」
「見ての通りだ。何、俺は首になるがかまわんさ。――もう一度聞く。インサイズさん。その男は、死ぬべきか? 死刑は妥当か?」


 二度は聞くなという感じだった。私は拳銃のセーフティを外し、銃口を拘束具に縛られた怪物へ向けた。






「当然だ。死ね」





 乾いた音が空を裂き、鉛玉が辺りを赤く湿らせた。装填された弾を、気前よく、次々と至近距離で撃ち込む。最後の弾は脳天にくれてやった。


「ざまーみろ、クソッタレが――」


 最後の引き金を引き終えると、私は膝から崩れ落ちた。もう、何も考えたくない。あぁそうだ、あいつにおれいぐらいは言わないと。


「ありがとう。俺に復讐のきかいをくれて」


 それを聞いた看守風の男は、どういうわけか大笑いをして答えた。


「いいってことよ、これも仕事だからな。お前も "自分を見つめ直す" いいきっかけになったろう? "挽肉卿" 」


 ――は? コいつはなにをいってンだ。あ、モウ、いしキガ。オれは,くソ,ソウイウコト――.




signal lost.



***



 男は精巧に人間に似せて作られたアンドロイドの電源を再起動させ、"元" 死刑囚が横たわる部屋に備え付けられた電話で同僚を呼び出した。


「99-116番は自殺。賭けは俺の勝ち、今日は奢りだな」
『くそ。あれだけの極悪人なら絶対自殺しないと思ったのによ』
「人間、誰しも根は善人ってことさ。ほら、早く清掃ロボットをよこしてくれ」


 現れた清掃ロボット達が挽肉卿の死体を片付けていく。その傍らで弁護士を演じていたアンドロイドが自動制御で元のスピーカーの部屋へ戻っていくのを尻目に、男は同僚と談笑を続ける。


「しかしすごい技術だよな。犯罪者の善性だけを取り出して、アンドロイドに送信。しかも用意された弁護士の人格に矛盾なく融合させるなんて」
『あぁ全くだ。技術もすごいが仕組みもだ。"自分の善性" が "自分の悪性" 裁くなんてよ』
「あれだよな、カートゥーンとかにある自分の中の天使と悪魔が言い争いして迷うあれと同じってこったろ?」


 電話口の同僚は「はっはー!」と笑う。


『そいつは面白い例えだなブロンコ。でももっとひでぇだろこいつは。なんせ、再現映像で出てくる被害者たちは自分の大切な家族って設定になるんだぜ?』
「考えた奴はえげつねぇな。まさに、自分の犯行を客観的に "モニター" するんだ。これが将来死刑に代わるんだろ?」
『そうそう。最終的には、悪人は自分の中の "天使" が裁くんだ。おっと――、次の天使様がもうインストールされたみたいだぜ』


 そんな世間話を繰り広げているうちに、アンドロイドが帰っていった部屋から、誰かのわめく声が聞こえ始めた。


「んじゃスウィンガー、次はお前がスピーカー役な。次のも賭けていいぜ? 掛け金二倍で」
『止めとくよ、どうせ次の死刑囚も自分を見つめ直して自殺するさ』
「はは、違いない」