ラフノート 第四章

小牛田綾人は今日も遅刻する


「なに、遅れる? またかよ」
『寝坊した。まぁ先行ってFの練習でもしてろよ』
「ギターがないだろ」
『じゃエアギターでもして踊ってろ』
「つまんねーこと言ってないで早く部活にこい」
『あ、でもレスポールみたいに腕をぶつけて折ったり――』


 これ以上は無駄と思い電話を切った。ちょうど学校についたタイミングでの遅刻連絡だった。昨日の疲れが抜けないせいで寝坊したそうだ。
 疲れてなくても寝坊するくせに。夏希と奏はまだついてない様子ということで、学校にいる軽音部は俺だけだ。教室で待ってほかの部活の連中と会うのもなんだか気まずいので、ひとりで向かう。


 四階までの長い階段を少しだけ息を切らして登り切って、音楽室の前に立つ。
 そこで、国語教師の岩泉先生から呼び止められた。久野木先生より少しだけ年齢が上の男の先生だ。
 年齢が上といっても、30歳に届くか届かないかくらいだろう。厳しい先生だが、融通が聞くということで生徒からの人気はそこそこある。


「刺巻、昨日音楽室の施錠忘れていっただろ? 残業してたら警備員から報告があったぞ」


 はて、確かに昨日は施錠したはずだが。岩泉先生はあたりを確認しながら俺に近づき耳打ちした。


「――俺も後始末が面倒だから報告しなかったけどさ。久野木先生は君のしっかりしているところを信用して、音楽室の鍵をあずけてるんだから頼むぜ? 鍵を預ける程信頼している生徒は君と寒河江さんぐらいなんだから。それと、警備員さんを驚かせるようないたずらもやめとけよ」


 そう言って岩泉先生は階段を降りていった。確かに、生徒に鍵をあずけているとなれば大問題になるだろう。対応してくれたのが岩泉先生で正直助かった。


(しかし、警備員を驚かせるいたずら? なんのことだ?)


 音楽室の扉に手をかけてみるが開かない。警備員が施錠したので当たり前だが。預かっている鍵で難なく開錠し、音楽室に入る。


 冷房のかかっていない音楽室はすでに熱を持った空気の塊で圧迫されていた。立っているだけで汗が滴る部屋は我慢ならないので、速やかに音楽準備室に逃げ込むことにした。
 その途中、視界の端に微かな違和感を覚える。そちらに顔を向けるが、昨日との明確な違いはすぐに分からない。よく目を凝らすと、音楽室の奥にある黒板に、昨日はなかった何かが書いてある。高校に入って視力が落ち始めた俺には遠くからでは分からない。


 近づいていくうちに、それが文字であることが判明していく。それが不気味な意味を著している文字列であることは、音楽室の半分も進まずに理解した。




『ナナバンメハヒミツノヘヤノナカ』
『ナナバンメヲオモイダセ』
『ナナバンメヲサガシテハナラナイ』






 "七番目" 。知ったものは神隠しに遭うという最後の七不思議――。乾いた笑いが出る。また、片仮名かよ。ワンパターンだな。もう少しひねりを入れろよ。心の中で冗談を飛ばして落ち着かせないと、心臓が胸骨を破って飛び出そうだ。
 黒板に白いチョークで書かれてある。文体もこれまた無機質無個性無感情という具合だ。昨夜、警備員を驚かせたのはこのメッセージか。


 それよりも不気味なのは、昨日間違いなくこの部屋は施錠したという記憶に反してこのメッセージが存在していることだ。
 音楽室の鍵は俺がずっと持っていた。あのあと部屋に入るにはマスターキーでも使うしかないが、そんなことを出来る人間は限られている。警備員と先生だけだ。
 どうやってこの部屋に侵入した? 施錠を突破して侵入したのに、開けっ放しで帰る理由はなんだ。いやまて、内側からなら鍵がなくても開けられる。




 ん? それじゃまるで、




(あの時、軽音部以外の誰かがいた――?)


「おはよー……ちょ、奏太!?」
「奏太さん!? どうしたんですか!?」


 不意に勢いよく開けられた扉の音に、声にならない絶叫を上げた俺は、振り向きながら崩れるようにその場に座り込んでしまった。
 傍からみたらさぞかし、ぺたん――という擬態語が似合うことだったろう。


***