ラフノート 第二章

寒河江夏希は吹部と仲がいい


 音楽室ではまだ吹奏楽部が楽器の運び出しをやっていた。合宿先にレンタカーなりを使って各管楽器や大きな打楽器を運ぶのだろう。
 一学期の演奏会の移動を手伝ったので、少しは知っていた。かなりの重労働なので出来れば見つかりたくない。


「お、軽音部! ちょうどいいところに!」


 しまった、さっそく涌谷先輩に見つかった。聞こえないふりをしよう。


「おはようございます愛菜先輩。今日から吹部は合宿でしたっけ?」


 社交的な夏希は当然吹奏楽部のお姉様方とも仲が良い。愛菜というのは涌谷先輩の下の名前だ。
 そして夏希が声をかけてしまったため、残念ながらこれで楽器運びを手伝うのはほぼ確定した。綾人と顔を合わせて、二人でため息をつき小声で会話する。


「あの縦置きの太鼓みたいな打楽器めちゃくちゃ重いんだよな……」
「ティンパニのことか? まぁこのあと部屋を漁るわけだし、ギブアンドテイクみたいなもんだと思っとこうぜ」


 夏希と一緒に涌谷先輩ともう一人の生徒がこちらに来る。あまり話したことはないが、同じクラスの岩切さんだ。
 中学は違うが、綾人や夏希とは古い知り合いらしい。小柄なところは夏希と一緒だが、短い髪が快活さを演出しており、華やかで明るく、いかにも女子高生という印象だった。


「いやー助かるよ! 小牛田くん、海苔巻くん」
「刺巻です。俺はセンベイですか」
「てか俺ら手伝うって言ってませんからね?」


 綾人もこの暑い中で重労働はしたくないようで、一応の反抗はする。


「愛菜先輩、やっぱり頼むのは悪いんじゃ――。せっかく軽音部も練習しに来てるんだし」
「いいの夏蓮。うちの男子なんてこんな時ぐらいしか使い道ないんだから」


 申し訳なさそうな岩切さんに、夏希がフォローを入れる。たまにはその優しさをこちらにも向けていただきたい。


「まぁ、吹奏楽部は女の子ばかりですから、力仕事は大変なはずです。手伝ってあげませんか?」


 奏からも頼まれては仕方がない。俺は観念して肩をすくめた。


「分かりました。普段からお世話になっているお隣さんですしね。楽器運び、手伝いますよ」
「ありがとうございます! 助かります!」


 不安な顔をしていた岩切さんがぱぁっと笑って頭を下げる。


「さすが男子、頼りにしてるよ。――これからも
「ん? 何か言いました先輩?」


 涌谷先輩の言葉尻はよく聞こえなかった。聞かねばならないことだと思った。しかし先輩への質問を取り消すかのように、校内放送が鳴り響く。


『三年生の涌谷愛菜さん。職員室の久野木のところまで来てください』


 久野木先生の絶妙なタイミングでの呼び出しだった。


「あぁ、ごめん夏蓮ちゃん! 楽器どこに運べばいいか、その二人に教えてあげて。ちょっと先生のとこ行ってくる」


 岩切さんに指示を出して、涌谷先輩は走って音楽室から出て行ってしまう。結局、先輩の言葉を聞き直せなかった。


「で、岩切さん。どれから運べばいい?」


 俺と綾人が手伝ってくれるとわかると吹奏楽部が少し色めき立っていた。「ありがとう!」という感謝の言葉と視線が集まって恥ずかしくもあり、また同時にちょっとしたヒーローのようで逆に気分がいい。


「な、悪くないだろ? 奏太」
「まぁ――悪くないな」
「もしかすると、ギブアンドテイク、アンドテイクテイクかもだな」


 何をテイクするのか。ともあれ俺も綾人も、結局は高校男児だ。そういうのに期待してしまうのは物理法則である。


「じゃあ、あれからお願いするね」


 岩切さんは笑顔のままで、ある楽器達を指差す。もう一度顔を見合わせて、俺は深くため息をつき、綾人はゆっくりと眼鏡を外しながら自嘲気味に笑った。


「……せーの!!」


 俺達高校男児は、ひたすら重いティンパニを持ち上げた。


***