すくう金魚 2


 金曜日。夏祭り。浴衣姿。親子連れ、カップル、友達同士。
 まるで性質の違う人間たちが入り混じる、混沌とした空間。まさにお祭り騒ぎのバカ騒ぎ。どうしてこんなに日本人というやつはお祭りが好きなのか。


 いや、海外のお祭り、例えば戦争のように打ち上げ花火を打ち合う祭りやトマトをぶつけ合って血まみれのようになる祭りに比べれば、日本のそれはまだまだ簡古素朴なものだ。
 しかしながら、クリスマスだったりハロウィンだったり、海外からわざわざ祭りを "輸入" しているのは日本ぐらいなんじゃないだろうか。どれだけ祭りがしたいのか。


 こう述べたわけだが、私も例に漏れず祭りが好きだ。特にこの夏祭りが。日本原産のお祭りである夏祭りが。


「ねーハルカ。たこ焼き食べようよ」
「んー、そだね。食べよう、並ぼう。そんでもって太ろう」


 学校帰り。一緒に歩く友達は炭水化物を過剰に摂取している。運動しているせいか、私は食べてもほとんど体重に変化はないが、友達はそうではないようなので一応は忠告する。


「クソ。自分は全然太らないからってバカにしやがって。だからハルカは高校生になっても寸胴ボディなんじゃー!」
「やめれ、セクハラで訴えるぞ。次に会うのは教室じゃなくて法廷だ」
「え? 同性でもセクハラって成り立つの?」


 きょとん。と、している。この子はやはり世間を知らない。いや、高校生なんてそんなものだ。


「同性でも結婚が成立するなら、同性でもセクハラが成立するでしょ」
「あぁ……ん? そういうもん、かな? なんかごまかしてない?」
「そういうもん。ほら、たこ焼き食べるなら並ばないと」
「おお、そうだね。てか、せっかくの日なのに、しかも夏祭りだってのに、女同士で屋台を回るとはね」
「いーの。早く行こ」


 友人を急かし、たこ焼きのために時間を投げ打っている人達の行列に並ぶ。そうして私は友達の他愛のない、障りのない世間話を聞く。聞き流しながら、横を流れていく人の往来をぼんやり見ていた。
 新幹線の向こうの景色のように目まぐるしく移ろっていく景色の中の一つに、突如焦点が合わさる。


「…………すくい」
「ん、なにハルカ?」
「ちょっと、金魚すくってくる」
「え!? たこ焼きは?」
「たこ焼きが買えるまでに、すくってくるから」


 衝動的に、目に入った屋台に飛び込む。金魚すくい。ちょうど良かった。先月飼っていたベタが寿命で死んでしまい、我が家の水槽は新たな住民を待ち望んでいる。
 夢中になってポイを持つ小学生の女の子のとなりに私は並び立った。


「お兄さん。金魚すくい、一回いい?」
「お兄さんとは言ってくれるねベッピンさん。サービスだ、一回百円ポイ一枚のところ、初回ポイ二枚にしてやるよ」


 お姉ちゃんずるいとの声が隣から上がってきたので、「君もあと十年経てばサービスしてもらえるよ」となだめておいた。


 さて、せっかくだから活きのいい奴、綺麗な模様の奴がいいな。ポイを片手に、水面の下で踊る金魚を虎視眈々。友達からは男を見る目がないと言われたが、金魚はどうだろう。金魚ぐらいなら大丈夫だと思う。


「ハハ、そんなに綺麗な顔で睨んだら金魚も逃げるぜ、お姉ちゃん」
「む。そんな腰抜けチキンな子は、うちに入りません」
「チキンじゃなくて魚だけどな」


 からかう店主を余所に、獲物を探す。黒いのは地味なので却下。派手な模様のやつ。飼っていたベタの代わりとなるに相応しいものはいないだろうか――。


「……決めた」


 いた。一匹だけ、少し大きなサイズ。それこそベタのように群れから少し離れて元気に泳いでいる。全体的に白っぽい体に、赤や黒の点が斑に花火のように散っている綺麗な金魚だ。
 ポイを近づけると、不穏な空気を感じ取ったのか、そいつはすぐにその場を離れる。こいつは手ごわそうだ。


「おねーちゃん、だいじょーぶ? お顔が恐いよ」
「しっ! 今狙ってる子がいるの」
「わー、おねーちゃんコイしてるの!?」
「鯉というより、フナだけどね。フナもコイ科だから鯉か」


 コイ目コイ科コイ亜科フナ属キンギョ、だったと思う。起源は確か中国。
 そんなことは今はいい。優雅に泳ぐ目当ての金魚、便宜上『花火柄』と呼ぶ事にする。花火柄は再度こちらに寄ってくる。バカめ。さっきの殺気も忘れてこちらへ来たのが運の尽き。


(――そこだ!)


 ボウルが作った影ごと、水面がポイに切り裂かれ小さくしぶきが上がった。花火柄はポイの薄膜に載っている。力のかからない縁の側。勝った。その確信は、コンマ数秒で、薄膜ごと破られる。


「ジャンプ……した……!?」


 花火柄の重さでポイが破れたのではない。花火柄は何を思ったのか、器用に尾びれをポイの縁に叩きつけ跳ね上がり、ポイの真ん中へ向けて落ちた。もちろんポイは無残に破られる。私と花火柄の初戦は私が敗れて終わった。


「姉ちゃん、そいつは無理だ。今までたくさんの客が挑戦したが全破全敗全制覇。いるんだよたまに、そういう――」
「おっちゃん、次のポイ。早く」
「おっちゃ……、ほらよ。次からは百円だ」


 新たなポイを受け取り、身構える。初戦は負けた、だが所詮は金魚だ。人間を舐めるなよ。水槽の淵まで来て向き直った直後、背後からの一撃。


(捉えた!)


 再度ポイの縁。先程は偶然尾びれで逃げおおせたようだが今度は――!


「ウソ!?」
「だから言ってるだろ? そいつは諦めて、他のにしな」


 また器用に跳ねてポイの真ん中を突き破る。偶然じゃない。花火柄はポイの弱点を知り尽くしているようだ。


「お兄さん、はい百円。次のポイちょうだい」
「……今更言い直しても、一ポイ一回だからな」
「おねーちゃんがんばれ!」


***




「……俺はいいんだぜ、儲かるからな。だがな、野口英世さんを一人まるまるかけるほどそいつが魅力的かい?」
「おっちゃん、オンナゴコロがわかってないなー。女の子は好きになったらイチズなんだよ?」
「どこで覚えたんだそんな言葉? ていうか嬢ちゃん、お父さんお母さんはどした?」


 11戦目、敗北。だが花火柄もだいぶ弱ってきている。その証拠に群れの中に逃げ隠れて、そもそも狙われないようにしている。


「……姉ちゃんベッピンだけど、男見る目ないだろ?」
「セクハラで訴えますよ? 社会的に死にたいんですか?」
「シャカイテキってなに?」


 どうやら迷子らしい女の子が、無邪気な顔をして尋ねてくる。社会的。なんと話そうか。これは子供語に翻訳するのが難しい言葉だ。んー。


「――生きたまま死んでるってことかな」
「わかった、ゾンビだ!!」
「そうゾンビ。さぁ、ゾンビになりたくないなら、次のポイを出しなさいおっちゃん」
「……仕方ねぇな。こいつでいい加減、勝利を勝ち取ってくれよ」


 もはや呆れている店主から、12枚目のポイを渡される。次で決める。これで失敗したら、たこ焼きに払うお金がなくなってしまう。
 花火柄は静かに目立たないように泳いでるつもりなのか、底の方でほとんど泳いでいない。


「どうした花火柄? 君の力はその程度か」
「金魚に挑発するなよ」


 しかし私の挑発が届いたのか、花火柄はゆっくりと水面付近によってくる。これがラストバトルだと花火柄もわかっているらしい。望むところだ。


 静寂。夏祭りの喧騒は聞こえないほどに、精神を集中させ、花火柄を凝視する。勝負は一瞬。奴が尾びれを動かす瞬間。
 だが、まずその魚影をポイで捉えないことには始まらない。花火柄も慎重に泳ぐ。蛇行し緩急をつけた金魚らしからぬ動きが、判断を狂わせる。


 しかし、君の癖はもう見切った。ポイの端で奴の頭上の水面に波紋を立てる。それに釣られて花火柄は急加速で戦線を離脱しようとするが、それこそが狙い。泳いだ先は水槽の角。逃げ場のない絶対有利ポジション。


 もはや心の声も上げずに、しぶきも上げずにポイが切り込む。正確に花火柄の体を捉えている。縁。ここまでは完璧。勝負はここから。
 奴と目が合う。笑ってやがる。尾びれジャンプをどうやって攻略するのだと。予備動作。尾びれをくねらせて縁に叩きつける直前。


(きた!)


 尾びれの動きに合わせて手首をひねる。ポイは叩きつけられる尾びれにぶつかって反作用し、花火柄の体は今までよりも "高く跳ね上がった" 。
 当然、ポイを亡きものにするために、中心へ向けて頭から花火柄は落下していく。この一撃を受ければ、間違いなくポイは破れる。


 だが構わない。予想通り、少しの時間をかけて、ポイは突き破られる。花火柄、お前は勝ったつもりでいるかもしれないが違う。






 チャポン――。






 それは花火柄が再び水の中へ凱旋する音。否、凱旋ではない。それは旅立ちの飛沫。


「――花火柄、君の敗因は "ポイを破ったことだ" 」
「おねーちゃんすごーい!」
「……若干反則くせーが、まぁいいだろ。貸せ、金魚袋に入れてやるから」
「……ハルカって、やっぱ血液型、ABだよね」


 ポイを突き破った先に待っていたボウルの中で、悔しそうに花火柄は泳いでいる。あまりに高く飛びすぎたのだ。ポイの下に、ボウルを添えられるほどに。
 店主と迷子の少女と、いつの間にか後ろで見守っていた、たこ焼きを抱えた友人に呆れられた。


 この金魚すくいが私とハナの、最初の出会いだった。


***