食人植物 8


 それから数日間、神樹はエヴァと話すことはなかった。ずっと樹の上で空を見て過ごした。ただ、空は星ではない、ただの雫が雨となって降り注いでいて、それに沿ったように鬱屈した気分が晴れることはなかった。


 なぜ、エヴァを殺したくないのか。神樹は考えていた。


 論理的に考えれば、合理的に考えれば、エヴァを殺してあげたほうが良い。エヴァは自発的に死ぬことができない。また、生きてるだけで薬の副作用に苛まれる。


 そして神樹は、エヴァを殺すことができる。神樹自身が死なないように根から少しづつ血を置き換えるか、力の戻ったツタで引き裂くかだ。
 いや、それをせずとも、根から僅かに浸透していく神樹の血でいずれ死に至るのは時間の問題だ。根先の返しのせいでエヴァを殺さずに根を抜くこともできない。


 よって、どうあってもエヴァは神樹の手で死ぬ事になる。エヴァの死が回避できないのなら、苦しまないうちに殺してあげるのが最適な答えだ。つまり究極的に言えば、なぜエヴァを殺したくないのか、という疑問に意味はないということになる。


 頭の中で答えは出来ているのに、何かがそれを阻み害する。その何かを知りたくて神樹は考えるが、わからない。
 ずっと昔、人間だった頃、それがなんなのかはわかっていた気がする。だが、どうにも思い出せないのだ。


 わからない。200年も生きて、逆に答えが見つからない。忘れてしまった答えを思い出すには。
 必死に考えて思いついたのは、もう一度、エヴァに昔の話――、ここに住むまでの話をすれば、思考を過去に向けて辿れば、もしかしたら思い出すかも知れないということぐらいだった。


(でも、どうやってエヴァに会えば……)


 神樹の思考は、いつもここで止まっていた。どんな顔をして会えばいいのだと。そもそも、神樹が思い出したい何かと、エヴァが死にたいということには何の関係もない。会いに行けば、また、いらぬことを言ってしまいそうだ。


 そうしているうちに夜になり眠りにつくのだが、残った夕も消えかけた時間にいつもと違うことが起こった。


「あら、どうしたの?」


 神樹の傍らに、一羽のカラスが留まる。以前にリンゴを採りに向かわせたカラスだ。その嘴には、二つのリンゴが実った枝が銜えられていた。


「……これ、食べろって?」


 もう冬も近い。時季を考えれば、このリンゴが今年最後のものだろう。それを受け取ると、カラスは黒い翼は羽ばたかせ北の方角へ去っていった。


 どうしよう。一人で食べるには多い。そもそも神樹は別に果物を食べなくとも良い。……森の動物が気を利かせて? いや、そんなことはないと思う。
 だが、神樹が動き出すには十分だった。


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