食人植物 7


 それから一月ほど、神樹はエヴァの旅物語を聞いてすごした。神樹が村の少女達の記憶を話すことも多かったが、エヴァの話のほうが割合は多かった。
 エヴァの話は面白い。特に風景や自然にまつわる話を聞くのが好きだった。
 しかし、エヴァの話の種だってそんなに多くはない。同じ話を聞くことも多かったが、それでも神樹は好きだった。


「ね、星の雨の話を聞かせて。これあげるから」


 お昼時。神樹はエヴァに果物を手渡す。今日はブドウだ。リンゴと比べて旬は少し過ぎてしまったが、まだまだほど良い酸味が美味しいはずだ。皮ごと食べられる稀有な品種でもある。
 エヴァは一粒頬張り、笑みを浮かべる。お気に召したのか続けて二つ、三つと口に運んでいく。


「しつこくない爽やかな味ですね。神樹様から頂く果物はどれも美味しいですが、これは群を抜いて美味しいです」
「でしょう?」


 リンゴよりブドウの方が口に合ったのか、一房がすぐなくなりそうな勢いでエヴァは食べている。


「もう、食べてばかりいないでお話をしてよ」
「神樹様は、星の雨のお話が本当にお好きですね」


 子供のようにねだる神樹に、仕方ないなという風にエヴァは笑いかける。見た目も実際の年齢も神樹が上なのだが、あやすようなやり取りだけ切り取るとエヴァが歳上のようにも思えてしまう。


「一番好き。あたしも星の雨見てみたい」


 エヴァの話の中で、神樹が唯一見られる可能性があるのは星の雨だ。
 しかし、毎夜、淡い期待を浮かべて空を拝むが、遭遇したことはない。だから代わりにエヴァの話を聞いて、せめて想像の中の星の雨に、出来得る限りの輪郭を与えて楽しみたいのだ。


「期待も度が過ぎると、本物の星の雨を見たときにがっかりしますよ? なんだ、こんなものかって」
「きっと大丈夫。百聞は一見にしかずなんだから、少なくとも百回聴くまでは一見の感動を越えられないはずよ」


 エヴァは「面白い屁理屈です」と微笑む。そして渋々といった感じで、諦めも肝心といった風に、語りを始めた。


「では、仕方ないですね。えっと、あれはとある雲のない満月の夜――」

***



「あたし、やっぱり、この話が一番好き」


 語り終えたエヴァに、神樹は感想と拍手を手向ける。それを受けて照れ臭そうにエヴァは鼻の頭をかく。それは何度かの朝夜を過ごして覚えた、エヴァのクセだ。


「私も話をしているうちに、また星の雨を見てみたくなりましたよ」
「二人で見ましょう? 待っていればそのうち会えるわ」
「――そうですね」


 返事をするエヴァは上の空のようだった。一月をともに過ごして、そんなエヴァを見るのは初めてだった。


「どうかしたのエヴァ? どこか具合が悪いの?」
「いえ、体は大丈夫です。……それよりも、神樹様の具合はどうですか?」


 神樹の中で、苦味のような、うずくまりたくなるような、嫌な気持ちが埃の如く舞い上がる。


「まだ、力が戻らないわ。毒は抜けてないみたい」
「本当ですか? ここ数日前から、やけに元気が良いようですが」


 神樹の視界の隅で、エヴァの片足が大きく動いた。


「――!!」


 動いたエヴァの足元から何かが放たれ、神樹の体をめがけて飛んできた。とっさの間の出来事に、本能的に神樹は反応してしまう。


「あ……」


 放たれた何かは、エヴァの靴だった。神樹が防衛しようと出したツタは、つま先の底から貫通し突き出ている。


「やっぱり、すっかり回復していらっしゃったんですね」
「か、火事場の馬鹿力よ。今のですごく疲れたわ」
「約束を、忘れていませんよね?」


 一月前の約束。責任をもって、エヴァを殺すという約束。力なく、神樹は頷く。


「神樹様と過ごした日々は楽しかったです。しかし、私は、もう体中の痛みに耐えられそうにないです」


 神樹がいつの間にか恐れていた事、神樹がそれを避けるために話題を逸していた事、エヴァの口から、ついにそれが放たれた。




「どうか、もう、私を殺してください――」




「あたしにお話するの、飽きた?」
「そういうわけではあり――」
「じゃ、もっとお話しましょうよ。どうしてそんな事を言うの?」


 答えを聞く前に、神樹は樹の上に逃げ出してしまう。なぜ、こんな気持ちに。エヴァは実験のせいで、生きることも死ぬことも難しい体になっている。それを救えるのは神樹しかいない。エヴァを殺すことは、エヴァを救うことにつながる。でも――。


***