食人植物 4


 エヴァは貴族の身なりをしていたが、貴族ではなかった。より正しく言えば、貴族だった。


「今から二年程前に、私の家――ルアウローズ家は何者かの放火による大火事で、私を除く全員が亡くなりました。私だけちょうど、友人の館に出かけていたので助かったのです」


 エヴァはこの時に、身寄りと財産、階級を全て失った。その後は、その出かけていた先の貴族、テオプラストス家に世話になることになったという。


「最初は、テオプラストス家は私を暖かく迎え入れてくれました。しかし、その、私も詳しくないのですが、テオプラストス家は所謂、錬金術を研究している特殊な一族でした」
「レンキンジュツ?」


 どこかで聞いたことがある気がしたが、よく思い出せない。食った少女達の記憶の中に、断片のように混じっていたのだろうか。


「なんでも卑金属から貴金属を、物質から生命を、更には人間から神様を、というのを目指す技術をいうのだとか」
「……つまり黒魔術のようなものね」
「そう言うとまるで違うと怒られるのですが、まぁ、素人からしてみれば同じものですね。私はその錬金術の一環というか、 "試金石" として様々な実験を受けました」


 エヴァの体に施された実験は、不老不死に関わるものだったという。水のような金属を飲ませられたり、よくわからない植物の根を延々と食事として与えられたそうだ。


「その日々が嫌で、ある日私は脱走しました。何人もの追っ手から逃げて、ここまで旅をしてきたんです」
「エヴァはどこから来たの?」


 エヴァが語った地名を、神樹は直接知っていたわけではないが、少女達の記憶の中にはあった。エヴァは、信じられないほどずっと東から旅をしてきたのだ。


「すごい! そんな遠いところから逃げてきたのね」


 200年もここにいる神樹にとって、世界を旅して歩くのは叶わない願望だ。例えそれが逃亡劇だとしても、旅をしてそれを見てきたエヴァが羨ましかった。


「でも、逃げられたなら良かったじゃない。なんで死にたいの?」
「実は、私の体に施された実験は、半分ほど成功しています。完全な不死ではないですが、多少の傷では死にません。そして、10年前から体の成長は止まっているんです」


 エヴァは10歳ぐらいの子供にしか見えないが、実はすでに成人を迎えている年齢なのだという。
 不完全とは言え、部分的にでも成功したエヴァは貴重な研究成果なのか、どこまで逃げても追っ手の影は付きまとってきたという。


「ただ、不老になるために注がれた薬のせいで、体中がいつも痛むんです。寝ても覚めても、ずっと。生きながらに体が腐っていくような、鈍い痛みが体中をじわじわと蝕んでいるんです」


 神樹はエヴァの目を見る。その目はよく見れば、光の灯っていない虚ろな様子だった。


「何度もナイフで自分で命を絶とうとしましたが、できないのです。体に仕込まれた何かの本能のようなものが止めるというか、全身が拒否して動かなくなってしまうのです」


 恐らくは勝手に死なないように、そういう実験をされたのだという。


「もう、私は疲れました。家もなければ、家族もいない。捕まれば、またあの地獄が始まる。途方に暮れるも選択肢はなく、ひたすら逃亡していました。ですがある時、神樹様のことをお聞きしたのです」
「あたしの話?」


 なぜそこで自分が出てくるのか、神樹には思い当たる節がなかった。


「神樹様は人の血を吸い、その亡骸を浄化して樹に取り込むというお話です。もしかすれば、その力で私の中に流れる不浄な錬金術の薬も浄化すれば、やっと私は死ねるのではないかと――」


 浄化がなんなのかは分からないが、神樹には確かに人の血を吸う――正確に言えば人間の血を神樹の血に置き換えて骸を記憶ごと取り込むということができる。


 ただし、これができるのは人間の少女に限定した話だ。エヴァは男。一気に血を吸えばこちらも枯れて死ぬ。
 エヴァの血を置き換えて殺すには、極少量を吸いつつ、自分の体を回復させながらゆっくりと殺す必要がある。
 あるいは、完全に力が回復した後、ツタで一気に引き裂くのどちらかだ。


 決めた。エヴァの事情を鑑みて、また暇つぶしも兼ねて、神樹は協力することにした。


「わかった。あたしが責任をもってエヴァを殺してあげる」
「ありがとうございます、神樹様!」


 エヴァは、花のような笑顔を咲かせる。
 だが、その背景を考えるなら、それはどうしようもないほどに歪んだ笑顔だ。


「代わりに、条件があるわ」
「なんでしょうか?」


 神樹は、エヴァの旅路に興味があった。せっかくなのだから、外の世界のことを聞いてみたい。


「ここに来るまでの外の世界の話、旅のお話を聴かせて?」


***