食人植物 2


「あー。新記録だったのに、もう死んじゃったか」


 八日前に捕まえた少女は、今朝方冷たくなっていた。今までに捕まえた人間の中に、一週間を越えて生きていた者はいなかったので期待をしていたのだが、残念だ。
 できる限り長生きさせて血を吸ったほうがいいので、森の動物の肉や魚を与えては見たものの中々うまくいかない。
 今回はちょっと果物の数を増やしてみたのが功を奏したのだろうか。次は植物関係を多めに与えてみることにしよう。


「ご馳走様でした。そして、おやすみなさい」


 お別れを言って、神樹は少女の体を根元に手繰り寄せた。その体は今まで食べてきた人間達と同じように、やがて木に同化していくことだろう。
 幹に少しづつ沈んでいく少女だったものから、記憶が断片的に流れ込む。理由は分からず、人間を食べるときにはいつもそうなるのだが、神樹はこれが案外好きだった。
 昔、まだ子供だった頃に読んでもらっていた "本" というものによく似ているからかもしれない。


 少女は大人しい女の子で、よく村の他の子供に苛められていたようだった。
 人間というのはやはり不思議だ。特に意味もなく、近くにいる同族に危害を加えようとする。自然から乖離しつつある彼らなりの淘汰の在り方なのだろうか?
 とにかく理性を手に入れた唯一の動物を自負しているようだが、その行動は全く理性的でないことが往々にしてある。いい意味でも、悪い意味でも。


 話がそれた。その少女は苛められている時に、あの日隣にいた青年に助けられたようだった。かばうように立ち、幾度となく殴られても立ち上がる彼の背中が焼き付いている。
 彼女の記憶の断片の大部分は、青年と過ごした日々の記憶で埋まっていた。どうもかなり心酔していたらしい。
 そしてある日、村の生贄に選ばれる。泣きながら青年に明かそうとしたが、結局それをしなかった。
 しかし青年が先にどこからか聞きつけ、神樹を燃やそうとしていると知り、彼女は彼を追って森に入った。そこから先は、八日前に起こったとおりだ。


 最後の記憶は、痛みに心が壊れ、虚ろに森を眺めている景色で終わっていた。神樹はこういう風に食べた少女の記憶を見るのは好きだったが、どうしても嫌なこともあった。
 どれだけ美しい、綺麗な物語を積み重ねた人間でも、神樹が垣間見ることができるのは残酷で凄惨な最後だけだったからだ。
 その原因はもちろん神樹にあるのだが、一度でいいから苦しみのない救いの物語を見てみたいと神樹は思っていた。


 さて空腹も満たされ、物語を読んで眠くなってきた。神樹は一眠りしようとすると、再度張り巡らされたツタを誰かが踏んだ。


「また誰か来た……お腹いっぱいなんだけどな」


 神樹は数ヶ月に一度の食事を摂れば十分なので、新たな侵入者を追い払うことに決めた。転ばせようと足元のツタを振るうと、体重は軽いようで簡単に倒れる。
 子供か女だろうか。さらに数十本のツタを編み束ねて大蛇を作り上げて睨みながら大顎を開かせる。こうすれば、大体の人間は恐れをなして逃げ帰っていく。


 しかし今回は違った。何者かは立ち上がると蛇を無視して、確信するような足取りで森の奥地、神樹の方へ走り始めたようだ。
 変わり者か、死にたがりか? 面倒だ。ここまできたら殺すことにしようと決めて、神樹は待つことにした。


 荒れた息遣いが聞こえ始める。小さく漏れる声音からするとやはり子供か小柄な女で間違いない。何かを探すように必死に走っている。


 もしかして前食べた少女の妹だろうか。あれも中々不味くはなかったが、特別に美味いわけではなかった。ただ妙に油っぽかったせいで、胸が焼けるような感じなのだ。
 ここ数年はそんな少女ばかりである。食傷気味なので、例え少女だったとしても、やはり食べるのは控えるとしよう。




 そしてそれは、神樹の前に現れた。
 薄い陽光を乱反射させるプラチナブロンドの髪。深雪のように白い肌。大きな瞳は碧色。上気した頬。薄紅の唇。華奢な肢体――。




 綺麗。前言撤回。食べたい。これは別腹だ。絶対美味しい。
 手のひらを返した神樹は無数のツタを伸ばして現れた少女を捕縛する。
 少女は驚いて悲鳴も出ないようだが躊躇はしない。警告したのに踏み込んだ方が悪いのだ。間髪を入れず根も伸ばして体中の血管に優しく突き刺すと、可愛らしい悲鳴が漏れた。


「いただきます!」


 これは昔子供の頃に、人間のお父さんに教わった食べる時の作法だ。
 すぐにでも吸い上げたいが、ちゃんと命にお礼をしてから頂く。手を合わせ祈りを捧げる。それではご賞味させていただくと――。


「……!……か……は――!!」


 思いっきり血を吸い上げた途端に、想像とは全く違った動物の腐肉のようなひどい味が神樹を襲った。
 息ができない。不味いという次元を超えている。痛い。体が拒絶し、痛みに震える。この人間、まさか――!


「あの、大丈夫ですか?」


 神樹が捕えたかくも美しい人間の "少年" は、どういうわけか神樹の体を労わるように心配そうに聞いた。


***