食人植物のジレンマ


 陽も差さないほど暗く闇が生い茂った森の中に張り巡らされたツタが、何者かの侵入を感知した。
 その感覚に意識を向ける。数は二人、二足歩行。歩幅、重量から若い男女または親子であると思われた。


「ねぇ、やっぱり止めよう? 長老様に見つかったら、あなたも殺されちゃう」
「見つからなけりゃ大丈夫だよ。村の掟なんざ知るものか」


 その方向を見ていると人影が現れた。予想通り、一組の若い男女だった。本来は立ち入りが固く禁じられたはずの聖地であるが、実際はこのようによく来訪者が来る。


「そろそろのはずだな、生贄の神樹があるのはこの辺りだ」
「……でも、神樹様を燃やすなんて――」
「君を生贄として殺す神様なんてこの世界に必要ない。おかしいだろ? 街じゃ蒸気で鉄の箱が動く時代に、こんな黒魔術みたいな掟。あの時みたいに、何度だって俺が――」


 毎年この時期になると、人間の少女が一人で送られてくる。別にこちらは頼んでないのだが、せっかくなのでいただいている。
 きっとこの少女も、理不尽にその儀式の生贄として選ばれているのだろう。可哀想に。


 だから殺しに来たのだ。害がないなら放置するところだが、さすがに火をつけられたら困る。加えて言えば、少々お腹もすいている。だから――、


「うおっ!? なんだ!」
「なに――森が!」


 神樹と呼ばれた存在は、彼らの足元にあるツタを動かし始めた。
 鬱蒼としていた森全体が蠢くように揺らぎ、無数のツタが彼らの体に襲いかかって引き摺り込む。青年も少女も悲鳴を上げるが、その喉を締め上げるように絡みついて蝕んでいく。


 青年は強く暴れ、ツタを引きちぎろうとする。が、生きた植物の繊維がそんなに易しく切れるわけもない。無情にも彼の体躯は、ツタに埋め尽くされていく。


「……あ……ぁ……ぅぁ……か……!」


 青年はそれでも声を絞ってまだ抵抗する。いつも思うがたくましい生命力だ。だがその生命力は使い物にならない。
 神樹にとって男の血液は毒なのだ。よって、いくらお腹がすいていても男に根を張る訳にはいかない。
 もったいないがこうするしかないのだ。神樹はため息をついて、それから操るツタに力を込めた。


 次の瞬間、青年の体は弾けるようにたやすく、血をばら撒いて四散した。
 頭、胴、両足、両腕の六分割なので、六散という方がいいかもしれない。赤い血は、霧が散るように辺りを染める。


 その光景に少女は金切り声で絶叫し、おそらくは青年のものであろう名前を千呼万喚した。
 五月蝿くて仕方がない。神樹はよくマンドラゴラに混同されるが、その叫びは人間の方がよっぽど似ていると思った。


「――ぁ――」


 静かにしてもらうために、神樹は少女の頭にツタを突き刺した。
 殺してしまわないように正確に脳の前のあたりをキュッと締めると、少女は「うー」とか「あー」といった小さなうめき声を上げるだけになった。


「それじゃ、いただきます」


 誰にともなくつぶやくようにお祈りして、神樹は少女の体に根を張っていく。細い根は肉を小さく食い破り血管に侵入し、徐々に血を吸い上げ始めた。


 美味しい。喉の渇きが癒されていく。久しぶりの食事に、天辺の見えないほど大きな樹に繋がれた神樹は満足した。


***