食人植物 3


「あなた、男――!?」


 神樹が苦しそうに呻きながら一応問うと、こくこくと頷く。なんということだ。神樹が捕えた美しい少女は、美しい少年だったのだ。
 神樹にとって、人間の男の血は完全に毒であり、吸い続ければ枯れ死んでしまう。
 もちろん、それが幼い少年だろうが、いかに眉目秀麗な男だろうが関係ない。血を吸い上げるのはすぐにやめたが、完全に流れを止めることはできない。
 よって、今すぐに巡らせた根を引き抜かねばならないのだが、


「あれ、抜けない――?」


 根を引こうと力を込めても、繋がれたまま動かない。神樹自身も知らなかったのだが、根の先は小さな無数の返しがあるせいで抜けないようになっているのだ。突き刺したら血を吸って、樹に同化させるのだから引き抜く必要がない。だから、今まで気が付くことはなかったのだ。
 そして、一度に血を吸い上げたために、かなりの毒が樹に回り力を出せなくなっている。


 仕方ない、ツタで引き裂くしかない。根を引き抜くのは諦めて、少年に巻き付けているツタを振るおうとする。
 が、根と同じようにツタにも上手く力が入らない。巻き付いていたツタは生気をなくしたように腐葉土の大地に倒れ込んでいく。


 全く、容貌に魅せられてつまらない間違いを犯してしまった。心の中で神樹はまさに毒づく。
 回った毒に、へなへなと座り込み、どうするか考える。
 恐らく、根を介してごく少量の血が流れる分には枯れることはないだろうが、この目障りな人間を引き裂いて殺すには毒が抜け回復するのを待つしかない。
 神樹は、大きく、辛そうにため息をついた。


「あの、大丈夫ですか? 顔色が良くないようですが」


 再び、少年に呼びかけられた。泣き叫ぶわけでもなく、命乞いするわけでもなく。
 捕えた人間の反応は多趣多様だったが、身を案じられたのはここ200年ほどで初めてだ。それがむしろ興味を引いて、神樹は獲物に返事を返す。


「ちょっと毒を吸い込んだだけ、大丈夫。それより、なぜ、あたしの心配を? 殺されそうなのは、あなたなのだけれど」
「確かにそうですが、あなたがあまりに辛そうにしているのが気になったので」


 改めて聴いた少年の声は、男か女かわからない、子供か大人もわからない、ひどく曖昧模糊で、あらゆる点で中性的な質感を備えていた。
 やはり容姿と相まって、血を吸わなければ彼が男であったことはわからなかったと神樹は思う。
 それにしても、殺されそうになっているのになんて呑気なことをいう人間なのだろう。
 やはり滑稽詼諧。神樹の笑い声が、昼も夜もわからないほど深い森の深奥で鳴る。釣られて少年も笑い出す。


「あたし、あなたのような人間にあったのは、初めてよ」
「私も、私のことを男だと気づいた人間に会うのは初めてです」
「あたしのことを人間だという人間も、初めてね」


 神樹として生まれ変わって以来、人間扱いされたのは初めてだ。樹に同化し、背中で繋がっているこの体と、深緑で鶸萌黄の髪、何より人の血を吸い生きる様をもって、なお人と呼ぶ人間がいることを神樹は初めて知った。
 この少年、つくづく、面白い。神樹は、力が戻るまでの間、この少年で暇つぶしをしようと決めた。


「あなたが、神樹様ですか?」
「そうよ。まぁ、いつの間にか人からそう呼ばれていただけなんだけど」


 ここに住み着いて以来、なぜか神聖視されるようになった。
 別に神様に作られたわけではなく、人の手で昔生み出されたのだが、よくわからないものは全て神か悪魔のせいというのが人間だ。
 無責任極まりない。それは探究の放棄であり、知性に対する冒涜だとは思うが、所詮は神樹にとっては食べるだけの養分。説教するつもりなど、毛頭なかった。


「本当の名前は?」
「忘れた。使わないもの」


 まだ人だった頃には名前があったはずだが、久しく使わないので忘れてしまった。せっかく親にもらった名前なのだが、どうしても思い出せない。


「ところで少年は、なぜこんなところへ? ここは立ち入りを禁止された聖域だと、ほかの人間から聞いたのだけど」
「はい、あの村の住人から、この森には神樹様がいらっしゃるから立ち入ってはならないと聞いておりました。ですが、どうしても神樹様にお会いしたくて、ここへ来たのです」


 会いに来た? 怖いもの見たさというわけではなさそうだ。神樹は理由を詳しく聞こうとする。


「少年は――、少年では呼びにくいわ。名前はなんていうの?」
「私は、エヴァレット・ルアウローズ・フォン・テオプラストスと言います」
「エヴァレット・ルアウ――なに?」


 長い。が、フォン、ということは貴族か。
 よく見ればきたなく汚れてはいるものの、服の素材は上等な生地に美しい紋様があしらわれ、それなりに整った身なりに見えなくもない。


「長いでしょうから、エヴァで構いません」


 それじゃ女の人の名前じゃないかと思ったが、容姿はどうみても少女なので問題ないか。呼びやすくなったところで、掟を破ってここへきた理由を改めて聞く。


「それで、エヴァはなぜここへ?」


 問われたエヴァは、いたずらを言及されて口を噤む子供のような、答えに困ったような顔を浮かべながら、静かに答えた。


「どうか私を――、私を、殺して欲しいのです」


***